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京都巡り、広隆寺、中坊進二のお勧めポイント

"京都はこれから11月の終わりまで紅葉の季節となり、観光ラッシュの時期でもあります。道路は一車線だったりで、車は渋滞し、バスは満員でしょう。その点、広隆寺はバスでいくより、市電でいけます。市電は渋滞がありません。太秦行きの路線に入るように組み込めばあっという間に到着します。
広隆寺に行く前に、一応、寺の由来や、仏像について、少し知識があると、より、楽しめます。というのは中に数え切れないほどの国宝の仏像が所狭しと並べられているのです。
そんな中、なんといっても、弥勒菩薩像は見応えがあります。東洋人独特の繊細な顔の彫で、古典的な風貌でありながら、高貴ないわゆるアルカイックスマイルと言われている微笑みをたたえた顔は、人間の魂の美しさがにじみ出た像だと中坊進二は感じました。
京都のこの寺は秦河勝の菩提寺でもあります。秦氏は、渡来人、国と国との争いの狭間に戦々恐々として生きていくしかないご時勢の中にあって、聖徳太子が「和を持って、尊し」の思想をもとに、政策の一つ、遣隋使の派遣を行うことになった時、実際、聖徳太子が当時の推古天皇の財力だけでは大陸の隋という大国の前に対等外交はかなわなかったであろうし、頼みの綱として、秦河勝の財力をこうている。一度は失敗をして2度目にようやく隋からの国書を持ちかえっています。その財力は秦氏がなぜ、引き受けたかというと、秦氏が聖徳太子の理想の世界に、共感し、辛苦をなめてきた渡来人の希望を聖徳太子に託したからこその財的援助だったであろう。そして、聖徳太子が仏教を国教とするにあたって、秦氏も仏教に帰依し、この京都の地に寺を建立し、この弥勒菩薩像を聖徳太子より、譲りうけたのである。中坊進二は広隆寺の弥勒菩薩の中に、日本人の原点であり、理想の姿をイメージしました。
中坊進二は一度しか行っていませんが忘れられない姿として心に焼き付いています。"
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